京都島原「角屋」のはなし

京都島原「角屋」のはなし

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京都島原の「角屋」というところに行ってきた
角屋は新撰組もそこで遊宴していたという揚屋の建物で中が見学できるようになっている

新撰組の刀傷が残っているということでも有名らしく、その傷がある部屋がある2階部分はどの部屋もそれぞれ障子や釘隠しなどの意匠が凝りまくっていて案内の方が細やかに説明してくれるのでわかりやすくて楽しい(写真は取れない)

2階にある青貝の間という部屋が新撰組の刀傷がある部屋で、土壁に螺鈿細工を施された意匠になっている
もともとは壁はあざやかな青色で今はろうそくの煤などで黒くなって元の色がまったくわからなくなってしまってるんだが、その土壁に螺鈿、という意匠は角屋以外では存在していないらしく制作方法がわからないので補修できないらしい

ちなみに刀傷は人傷騒ぎでついたんではなく宴会の騒ぎで刀抜いて舞ったりしてついた傷とのこと

1階部分にも刀傷がある
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京都の人は大昔のことでも昨日のことのように話す、というのを聞いたことがあったが
窓にはまっているガラスも当時のもので案内の方が
「もう宴会やらでえらく大騒ぎしててね(新撰組に)ガラス割られなくてよかったわ」
とのはなしをされていた

1階の写真撮影可の部屋
この部屋で宴会をしたその晩に芹沢鴨暗殺が実行されたのこと
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新撰組は有名どころの話は知ってても詳しいことは知らなかったので最近ぽつぽつと小説なりを読んでいたんだが周りの人と話しているとみんなけっこう新撰組のことに詳しいのは司馬遼太郎とかるろ剣とかのあたりを通ってきてるからだろうか

司馬遼太郎が新撰組について取材をしていてあるおばあさんから
「小さいころに沖田総司に遊んでもらって―」という話を聞いた、というのがあってびっくらこいたが江戸時代が終わったのってたかだか150年ほど前の話で今自分の生活している時代と地続きのはなしなんだと思うと不思議な気になる


おかっぱ

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